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zoom RSS 【ロックという観念/瞳みのる(タイガース)】

<<   作成日時 : 2013/11/13 18:50  

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【ロックという観念/瞳みのる(タイガース)】

ロックが権威に取り込まれたら、それは牙を抜かれた狼と一緒で、意味が無いでしょう。

ロックというのは一種のアンチテーゼみたいなもので、「大多数はこう考えるけど、俺は納得出来ない。」という主張ですよ。


〜バッシングと制圧が、僕たちのエネルギーになった〜

タイガースが確立した世界は、その後のGSの雛型になったけど、これは渡辺プロによって作られたイメージでもあるわけです。

僕らにしてみれば、それが次第に制圧になる一方で、青少年に悪影響を与えるからとNHKから締め出されたり、メディアに叩かれたりもしました。

それまでの芸能史に無かったタイガースみたいな存在を、当時の大人達は理解出来ず、ホントに恐れたのかも知れません。

でも、押さえつけたって反発が増すだけ。

僕らも、そんなバッシングや制圧が、自分達のエネルギーになっていったんです。

やっぱり、鬱屈した状態でないとエネルギーは貯まらないんですよ。


そして、そのエネルギーで制圧してくるものに、立ち向かわなくちゃダメ。

ロックが権威に取り込まれたら、それは牙を抜かれた狼と一緒で意味が無いでしょう。

いつでも牙を磨いて、飛びかかってゆく気持ちを持ってないとね。

ロックというのは一種のアンチテーゼみたいなもので、大多数はこう考えるけど、俺は納得出来ないという主張ですよ。

自分が歌いたいというものをぶつけていけば、それが評価されなくてもいい。

自分が正しいと思うことをやっていけば、世間から何と言われても良いって、僕はずっと思っていました。

だからバッシングにも負けずに、やっていけたのかも知れませんね。


当時、周りを見渡しても、僕らのように幼馴染みや、友達同士で結成したバンドが、そのままプロデビューしたなんて例は無かった。

スパイダースも、ブルー・コメッツも、プロのバンドは、バンマスが色んなバンドから寄せ集めたメンバーで成り立っていたんです。

僕らは「歌手とバックバンド」という関係ではなくて、個々が集まったユニットとしてまとまっていました。

一本の木に枝葉が広がっていくような感じで。

だからファニーズ(タイガースのデビュー前のバンド名)時代に、変な芸能事務所から、沢田とタローとサリーの引き抜き工作があった時も、彼らは「五人一緒でなくちゃ」と断ってくれたんです。

ずうっと、一緒にやってきた絆があったから、これが他のバンドのように、いろんなところからの寄せ集めだったら、すぐにヘッド・ハンティングで抜けてますよ。

僕らは本当にグループでした。

メンバーの切り売りなんて、有り得なかった。

僕らは、そんな薄汚れた感じのバンドくずれにだけはならないようにしようと、固く決めてましたね。

タイガースの歴史の中で大きなエポックになったのが、加橋かつみの脱退でした。

以前から予兆もあって、いよいよ来るべきものが来たかって感じだったけど、やはり精神的ショックも大きかったことは確かです。

みんなで作ってきたものが崩れたって感じで。

でも僕らはすぐに気を取り戻して、かつみの穴を埋めるべく、修正作業に取り掛かりました。

どこまで修復出来るのか分からなかったけど、とにかくやらなくてはという気持ちが強かった。

会社側は5人編成ユニットを維持するために、他のバンドからメンバーを補充しようと動いてたけど、僕らとしては京都時代からの絆を守るために「身内の方が良いだろう」と判断して、岸部シローを選びました。

彼を入れても、サウンド的に強化されるわけではないと、重々承知していました。

それでも、人間的な繋がりを重視していたということです。

たしかに、それまでの貴公子的イメージは一変して、彼がギターを弾けない分、我々の負担は増えたけど、この選択は正解だったと思います。
(2012年12月12日)




沢田研二
「タイガースで夢の中に連れて行ってもらってから、ずっと夢の中に居る」(ジュリー・還暦コンサートにて)



【ザ・タイガースが奇跡の再結成!42年にわたる友情と愛憎の歴史を徹底解説】

2013.01.07 by 中将タカノリ


今をさかのぼること42年。

1971年1月24日の武道館ライブを最後に解散していたザ・タイガースがオリジナルメンバーで再結成、さらにはドームを含めた全国ツアーを開催することを発表した。

参加メンバーは沢田研二(ボーカル)、加橋かつみ(ボーカル/ギター)、岸部一徳(ベース)、瞳みのる(ドラム)、森本太郎(ギター)。

1969年から加橋かつみと交代で加入した岸部シロー(タンバリン)も、体調が回復すれば参加する予定ということだ。

かつて日本中を歓喜の渦に巻き込んだスーパーバンドが奇跡の再結成!

ということだが、リアルに60年代のグループサウンズブームを体験したり、1982年に“同窓会”という名目でリリースされた『色つきの女でいてくれよ』のヒットを知っている世代より下の方には、いまいちピンとこないのではないだろうか?


1967年から1969年前半まで頃が、全盛期だったグループサウンズ・ブームだが、オリコン一位を獲得したシングルはわずか3曲。

うち2曲がザ・タイガースだったことを考えれば、その人気のほどがうかがえる。

1969年の「チョコで選ぼうGS日本一ランキング(明治製菓による)」でも、タイガースは断トツ/1位の141,118票で、2位のテンプターズ74,267票のダブルスコアを記録している。


【メンバー間の亀裂・解散】

しかし彼らの人気を支えるのはティーンズの少女層で、事務所の売り出し方はアイドルど真ん中。

不良ロック少年だった彼らにとって、アンドロメダ星の王女と恋をする映画を作らされたりヨーロッパの王子様みたいなタイツの衣装を着せられたり、今でいうとジャニーズ若手グループのようなあた恥ずかしい仕事をすることは次第にフラストレーションのもとになっていった。


特にアーティスト志向の強かった加橋かつみは、真面目にスケジュールをこなそうとする他、メンバーと対立することが多くなり、1969年3月に脱退。

代わって岸部一徳の弟でアメリカ遊学していた岸部シローが加入するものの、当時ギター演奏もままならなかった彼は、コメディアン的なキャラに走り、第二期タイガースは本来バンドが目指していた姿と大きく異なっていった。

また、どちらかと言うと加橋かつみに同情的だった瞳みのるも、芸能界への嫌悪から次第にバンドの解散をうったえるようになり、ついには1971年1月24日の武道館ライブで解散するにいたったのだ。

瞳みのるはその日の打ち上げで

「10年後に会おう。そのとき君たちは乞食になってるだろう」

と捨て台詞を吐き、その後は芸能界とすっぱり縁を切り高校、大学と勉強しなおし、ついには慶応高校の中国語教師となって学問の世界で地位を築いていった。

芸能界に残った他のメンバーも、沢田研二を筆頭に華々しい活躍を続けることになる。


〜全員そろわなければ再結成じゃない。「1981年のタイガース同窓会」〜

次にザ・タイガースが脚光を浴びるのは1980年代初頭のこと。

すでに日本を代表するスターに成長していた沢田研二の主導により、1981年から1983年にかけてメンバーが結集、『色つきの女でいてくれよ』などをヒットさせた。

ただ、バンドの要であるドラマー、瞳みのるは不参加をつらぬいた。

声がかからなかったわけではない。

高校教師としての仕事に専念していた彼は、何度となくあった連絡をすべてシャットアウトしていたのだ。

沢田研二らはこの時期の活動を“同窓会”と称するにとどめ、一定の配慮を見せていた。


〜邂逅・旧友に贈った『Long Good-bye』〜

その後もザ・タイガースは紅白歌合戦に出演するなど断続的な活動はあったが、瞳みのるがそれに参加することはなかった。

ところが…ファンや関係者も瞳みのるとメンバーの和解を半ばあきらめつつあった2008年、大きな転機が訪れた。


NHKの音楽番組『SONGS』に還暦記念のキャンペーンで出演した沢田研二が、ゲストに岸部一徳、森本太郎を迎え、「君のこといつも気にかけている」と歌ったのだ(『Long Good-bye』)。

それを人伝いに聞いた瞳みのるは、思うところがあったようで、コンタクトをとってきた中井國二元マネージャーの、

「仲の良かった君たちを事務所が引き裂いてしまった。すまなかった。」

という謝罪を受け入れ、38年ぶりにメンバーとの再会に踏み切った。

そして2011年2月にはザ・タイガース解散のいきさつとその後の生活、メンバーとの和解をつづった著書『ロング・グッバイのあとで』を出版して長年のわだかまりがとけたことを表明した。

〜いざ再結成!と思いきや、また一人いない〜

2011年の沢田研二/コンサートツアーは岸部一徳、瞳みのる、森本太郎、岸部シロー(一部)をゲストに迎えた内容で、各地で即ソールドアウトが続出。

60代を迎えても衰えない演奏とコーラスワークは上々の評判を得たが、しかし加橋かつみはそれに参加しようとしなかった。

なぜ?心の内はわからないが、はっきり言って加橋さんは非常に気難しい人なのだ。

重度の肺気腫で苦しんでいる人の前で

「大丈夫〜?」

とバカバカ煙草を吸ってしまったり、

店にない銘柄のウイスキーを、

「無いなら買ってきてよ」

と天然で悪気なく言ってしまえる人、それが加橋かつみさん。

かつ、沢田研二を若干ライバル視しているふしがあるし、アーティスティックでシニカルな面もあるので、好き嫌いはともかく大変とっつきにくい。

各方面からの度重なる説得があったが、とにかくこの時点での再結成は実現しなかったのだ。

そしていよいよ!再結成!

これまでのエピソードを読んで、ザ・タイガースの今回の再結成がいかに長い艱難辛苦の末に実現したことか理解していただけたことと思う。



ローソン・チケット【公演詳細】

ザ・タイガース(東京ドーム) (72017)
会場: 東京ドーム
2013/12/27 金 公演 

16:30 開場/18:30 開演

※未就学児童入場不可
※車椅子にてご来場のお客様は事前にご連絡ください。

■Guitar:加橋かつみ / Bass:岸部一徳 / Vocal:沢田研二 / Drums:瞳みのる / Guitar:森本太郎

11/17(日)より追加発売決定

全席指定8,000円
立見禁止席8,000円

一般発売
一般発売にてモバイル/Webからの予約ができない興行がございます。

問合せ番号:0570-000-777(10:00〜20:00)

※1回の予約で購入できる枚数は最大6枚です。
※お申し込みはお一人様各公演につき原則1回までです。

予約受付期間
2013/11/17 10:00〜2013/12/23 18:00

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